RSS
エグゼクティブTOP >  オンラインマガジン -ITmedia エグゼクティブ編集部- > 

義理と人情の企業再生 マツダ復活「モノがたり」

もはや終わったとさえ言われたマツダ。ところがそのマツダが息を吹き返したようだ。2006年度決算では、営業利益で1585億円と過去最高益を達成。営業利益率も2000年から右肩上がりだ。一体、マツダに何が起こったのか?

 世界で唯一ロータリーエンジンの量産化に成功し、技術力には定評のあったマツダ。バブル崩壊後は経営が悪化、1996年には米国のフォード・モーターに経営支援を仰ぎ、同社の傘下に入った。

 フォードの傘下に入って後もしばらくは業績も目立った伸びはなく、ゴーン氏が率いる日産自動車が見事に再生を果たしたのとは対照的だった。もはやマツダは終わったとさえ言われていた。

 ところがそのマツダが息を吹き返した。今年4月に発表した2006年度決算では、営業利益で1585億円と過去最高益を達成。営業利益率の推移を見ても、日産が2003年より急落しているのに対し、マツダは2000年から毎年右肩上がり。今年は日産が7.4%に対してマツダは4.9%、かろうじて日産が上回ってはいるものの、この勢いだと来年には逆転しそうな状況だ。一体、マツダに何が起こったのか?
 『マツダはなぜ、よみがえったのか?』の著者である宮本喜一氏は約2年半、マツダの現場を密着取材した。その結果、マツダ復活の理由を「消費者向けのブランド戦略」と「グループ内での生き残り戦略」の2つの戦略が功を奏したことだと結論づける。

 宮本氏によれば、マツダの技術力は世界でもトップクラスだが、その技術力をブランドとして市場に訴える力がなかったという。

 「…いくらものづくりの力があろうとも、その「力」の価値を市場に伝え、浸透させ、消費者が注目し、実際に買ってもらい、さらに固定的なファンがつくことがない限り、ビジネスにならない。すなわちブランド戦略は完遂しない」(『マツダはなぜ、よみがえったのか?』より)

 モノづくりさえしっかりやれば、いいものさえ作れば、客は買ってくれると言う錯覚に製造業の場合は陥りがちだ。マツダも例外ではなかった。世界に誇るオンリーワンの技術力を持っていればこそ、そのワナにはまってしまうのだ。

ロータリーエンジンが凍結される

 フォードが経営陣をマツダに送り込み、真っ先に実行した施策の1つがマツダのロータリーエンジン開発の凍結だった。燃費が悪いロータリーエンジンは、すでに一般車には搭載されておらず、採算の見込めないスポーツカー「RX-7」だけのためにほそぼそと製造を続けているだけだった。

 どれほどマツダのシンボルであろうとも、採算の合わない研究開発は続けられない。まして経営が傾いているときはなおさらだ。フォードの経営陣は決断を下したのである。

 「RX-7」の開発部門は解散となり、それぞれ別の部署に配属された。いわゆる窓際に追い込まれた。

 「先輩たちが作り上げ、授けてくれた技術の火を、私たちが消すことだけはしたくなかった。とにかく必死だった…」

 ある開発責任者は当時の心境をこう語る。

 彼らは極秘に開発を進めた。本来の業務が終わった後、こっそりと倉庫の一角に集まって作業を続ける。残業代などもちろんない。しかし、もともとみんな技術屋だ。好きなことには寝食を忘れて取り組む連中ばかり。ついに試作車を作り上げた。予算が付かないので外装はガムテープで継ぎはぎだらけ、ボロボロの車である。この車体の中に後に、マツダ復活の鍵となる最新のロータリーエンジンが搭載されているなどと誰が思うだろう。

 数年後、彼らの努力は認められ、ロータリーエンジンでのスポーツカーの開発が決定された。しかしここからが本当の戦いだった。

 燃費の向上、環境基準のクリア、そして最大の課題は経営陣が現場に突きつけた4ドア4シーターと言う、スポーツカーとしては常識外の規格。

 「…4ドアのクルマをスポーツカーでございといってつくっても、間違いなく重量は増え、鈍重な商品ができるだけ。それこそエンジニアの恥、世間の笑いもの。何のためにマツダに入ったのか分からなくなってしまう、そんな気持ちになりました」(同書より)と開発チームの1人は振り返る。

RX-8の成功でマツダ復活は決定的に

 経営と現場の緊張感のやり取りが続く。詳細は同書を読んでもらうとして、マツダにかけていたのは、まさに経営と現場の葛藤だった。技術に誇りと伝統があるだけに、それに寄り掛かり、経営戦略がとおざなりになってしまう。どんなに優れたものをつくっても、売れなければダメなのだ。採算が取れなければ企業の経営はできない。

 フォードはその点徹底していた。その結果、現場と経営側のブレイクスルーが起きたのだった。

 2003年、マツダのニュータイプのスポーツカー「RX-8」が誕生した。世界でも類を見ない、4ドア4シーターのスポーツカーだ。重量を極限にまで減らし性能はむしろ「3代目RX-7」に優るものとなった。発売と同時に注目を浴び2004年9月には生産台数が10万台を突破した。

 どうやらマツダの復活は本物のようだ。それは単なるリストラで財務上の数字が上がったのとは違う。スポーツカーを大衆車として売り出す経営戦略、そして現場の力が復活したこと、その2つがあいまって活力が生み出された。なにより会社のシンボルであるロータリーエンジンがブラッシュアップされてよみがえったことは大きい。

 みずからを「マツダのファン」と公言する宮本氏は、マツダの復活劇の裏にあるのは最終的には「義理と人情」、意外に日本的なマインドだと熱く語る。2年半も密着してきたゆえの実感なのだろう。最後の最後は人のつながり、そしてお互い意気に感じるところ・・・・・・。

 「効率や生産性を求めつつも、それを達成するための最後の最後の壁を乗り越えられるかどうかは、人間的なつながり、マインドにかかわってくる」と宮本氏は話す。

 経営陣も合理化を進める一方で、マツダの社風を理解し溶け込もうと努力していた。フォードの経営陣が毎年マツダを築き上げた松田家の墓参りを欠かさなかったことなどは、その1つの表れだ。

 「私はロータリーエンジンを愛している」――1997年にマツダの社長になったジェームズ・ミラー氏は公言している。その気持ちを現場が感じないわけがない。

 経営と現場の厳しいやり取りの背景には、お互いがロータリーエンジン、それを生み出したマツダの技術と人に対する尊敬があったということだろう。それこそが最後の壁を乗り越えられるかどうかのポイントなのかもしれない。

 商品は「モノづくり」だけでは成り立たない。その商品を使うことによって消費者がどんな夢を見れるのか、そんな「モノがたり」がないといけない。

 「モノづくり」では世界有数のマツダが、フォードによって「モノがたり」の大切さを学び始めた。4ドアのスポーツカーは、家族がスポーツ感覚で楽しめる、そんな新しいスポーツカーのコンセプトを誕生させたが、これこそまさに「モノがたり」である。

 マツダの復活は日本企業のモノづくりの強さと、外資の経営感覚、「モノがたり」のノウハウが融合した成功例だと宮本氏は言う。リストラによる経営のスリム化だけではない、企業再生のひとつのモデルだと言えよう。

取材・文=本間大樹

ITmedia エグゼクティブでは、オンライン上で議論できる「みんなのミニ書評」コミュニティーを開設しています。
ITmedia エグゼクティブの会員の皆様は、「みんなのミニ書評」コミュニティーに参加することができます。

関連記事
社保庁問題と根は同じ 「無気力社員」が増える理由――『なぜ社員はやる気をなくしているのか』の著者、柴田昌治氏に聞く
創造的破壊の経営戦略 「経営者よ、捨てる勇気を持て」
企業の業績格差を決める2つのファクター
抜け落ちばかりの「勝ち組負け組論」――その落とし穴とは?
評価平均: (0.00)  評価数 (0)
記事を評価する:

コメント

コメントを投稿する


カテゴリー関連記事

お知らせ

新着コミュニティー

<< 2012年05月 >>

1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31